Winnie the Pooh

BUMP OF CHICKENと米津玄師に支えられている大学生です。音楽や自分に関することをつらつらと。 記事の写真は適当です。

米津玄師の3曲に思うこと。

 

最近の米津さんの曲の話です

全体に対して思うというより、歌詞の一部を抜粋して思うこと。すーごく個人的な話。

 

ナンバーナイン

痛むことが 命ならば 愛してみたいんだ 痛みも全て

って歌っていて。そしたら今度はorionで

今なら どんな困難でさえも 愛して見せられるのに

って歌ってますよね。"痛み=困難"だと定義したいわけではないんですけど、でも困難には痛みが伴うことが多いと思うんですよね。そういう意味では"痛み≒困難"としてもいいのかなって。曲同士の繋がりって、なんだかグッとくるものがあるじゃないですか。この関連に私は「あー、たまんないな」って思って。

しかも"愛してみたかった"から"愛してみせられるのに"に変化してるんですよね。たまらん。

 

とか考えてたらララバイさよならで、

痛みも 孤独も全て お前になんかやるもんか

 

って歌ってて。しかも一番最初に。ガツンと来ました。

 

"お前"が誰なのかはわからないですけど、痛みを分かろうとしてくれる全ての人かもしれないし、わかったふりをしてくる一部の人かもしれないですね。単純にリスナーかもしれないし。ファンって勝手にその人のこと語ったりすることもありますからね。。この曲は皮肉の詰め合わせって感じだし。

痛みとかって本当にわかるのは本人だけで、他の人が寄り添おうと思っても限界があるじゃないですか。自分だって見失う時があるのに。友達が傷ついてるときも全く同じように痛むことは無理なわけで、分かろうとするなんてある種のエゴかもしれない、なんて思いつつも、分からない、わかってあげられないと傷ついたりして。あまりにも辛そうだから本当にその痛みを全て担いたい思うときもありますよね。でも無理なんですよね。

ない方が良かった痛みだってもちろんありますけど、それでも全く痛みがない人生なんてありえなくて。そういう私だけの痛みを経験して今の自分がいるわけじゃないですか。その痛みを経験しなかった私は今と違うまた別の私であったはずで。そういう風に考えると痛みっていうのは私のアイデンティティの一つなんだって思えたりして。そう思いたい自分がいて。それなら痛みだって全部愛してやりたいなと思うし、それが他人に分かるわけがないし他人に分からせてあげる必要もないなって思うんですよ。(まあ大切な友達の受け売りなんですけど。笑)

 

とか思ってた自分となんかリンクして、グッときました。

 

 

支離滅裂ですね。とりあえず間違いないのはこの三曲大好きです、ってことですかね…笑